♪ 上野 眞樹:ハルダンゲル・フェーレの旅 ♪
「ハルダンゲル・フェーレ」
ノルウェーのハルダンゲル地方に伝わる、民族音楽に使われるヴァイオリンです。
4本の演奏弦に加えて駒の下部に4本の共鳴弦があります。
楽器全体に植物模様の装飾、指板には真珠貝の象嵌細工が施された、大変華やかな楽器です。
頭部には動物ともムーミンのような妖精とも思えるような、不思議な顔が付いています。
300年以上昔に活躍したヴィオラ・ダモーレの特徴を強く受け継いだ、現代では珍しい古楽器直系の子孫といわれています。いわば生きた化石のような楽器です。
ハルダンゲル・フェーレに初めて出会ったのは今から5年ほど前、演奏会で訪れたデンマークの友人宅でのことでした。
その控えめで不思議な音色や華麗な装飾を、ひと目見てぼくは好きになってしまいました。
すぐに欲しくなりましたが、製作者が少なく予約しても時間がかかることや、趣味で持つにはちょっとお高い価格などから、その時は諦めざるをえませんでした。
もともと弓で演奏する民族楽器が好きなぼくは、訪れた地で出会ったさまざまな楽器をコレクションしてきました。
イランやウズベキスタンのケマンチェ(ヴァイオリンのご先祖様)、中国やベトナムの胡弓、日本の胡弓(三味線のような形をしています)、沖縄の琉球胡弓、等など。
それぞれ楽器を立てて3~4本の弦を弓で演奏するのは共通しています。でもハルダンゲルのように共鳴弦を持った楽器は初めてです。
昔の弦楽器は構造的に未完成で小さな音しか出せなかったようです。その音を増幅させるために共鳴させる弦を別に張ったのでしょう。ヨーロッパの博物館に行くと、20本も30本も弦を張った昔の楽器に出会うことがあります。やがて今使われているような大きな音を出せるヴァイオリンが出現すると、共鳴弦付楽器は徐々に表舞台から消えていきました。ハルダンゲルのその貴重な生き残りなのです。
去年の末、かのデンマークの知り合いから「友達がハルダンゲルを安く売りたいといっているが、買うか?」と連絡がきました。
飛行機代を加えても市価よりずっと安い値段だったので、すぐに「買う!」と返事をしました。
そして今年の8月、やっと時間を作ってデンマークまで受け取りに行ったのでした。
せっかく行くのだからとコンサートもさせてもらいましたが、第一目的はあくまでハルダンゲルを受け取ることでした!
ノルウエーの民俗音楽で使われているハルダンゲル・フェーレは、主に歌や踊りの伴奏楽器です。その豊かな民俗音楽は何種類もの音階パターンを持っていて、曲調ごとに調弦を変えなければなりません。現代のヴァイオリンの調弦はGDAEの一種類だけですが、ハルダンゲルは共鳴弦も加え8本の弦を16種類に調弦します。譜面のはじめにその曲の調弦方法が記されていますが、調の違う曲を立て続けに演奏しようとすると、そのたびに調弦を変えねばならず、演奏家は大変なことになります。
というような訳で、日々ハルダンゲル・フェーレと格闘している今日この頃でございます。